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【自ら実感】行動から気づく決めごとの背景

心理学

人間、誰もが自分なりのマイルールを持っています。

~べき
~でなければならない

それは、他の人から見えない世界。

 

このマイルールを、

「思い込み」

と言い表すこともあります。

 

「思い込み」というと、何か間違っているような印象を与える言葉に思えますが、

本人には、そこに行きついた背景があります。

 

本題では、思い込みの源泉となる、はるか遠い昔に心に芽生えた「決めごと」についてたどってみようと思います。

まずは自分の行動の裏を探ってみること

これは、私の過去のお話。


自分が母親に手を引かれ、街を歩いていた幼き日のこと。

手足のない戦争被害者や身なりの汚い傷痍軍人のような方々が、空き缶を前において白いシーツを頭からかぶって、道の端に座っていました。

空き缶の中には、1円玉、5円玉、10円玉などが何枚か入っていました。

「この人たちは、ああやってお金をもらって暮らしているんだな。」

そう思った私は、ポケットに入っていた小銭をあげようと近づこうとしました。

ところが、母親は

「近寄っちゃダメ。」

と制止しました。


なぜダメなのか、当時は考えもしなかったのですが、小さかった私は

「そうか、ダメなのか。」

とあっさりあきらめることにしました。

 

幼い私にとっては、絶対的な存在の母親。

言われたことに意義を唱えることはありませんでした。

 

それ以後、私は、そういう物乞いの人や募金の人がいる傍を通るたびに近寄ることはなくなりました。

 

そして、大人に成長する過程で

「僕があげなくても誰かがきっとあげるに違いない。」

「ほんの5円あげただけでは何も変わらないだろう。」

こんな、自分の行動の理由付けを作っていたのです。

 

そう、正当化。

 

まさに、心のはたらき(防衛機制)によるものですね。

 

子どもの頭で、どんな思考をしたのかまでは思い出せませんが、いずれにせよ、自分が募金したいと感じた純粋な心は、こうして封印されることになったのです。

 

成人した私は、人に寄付をしたり、困っている人にものを与えることをしない大人になっていました。

 

無意識の中にずっと眠っていた

「近寄っちゃっダメ」

と言った母親の言葉。

 

人に寄付をしない方がいいという「決めごと」の原体験となった出来事です。

もちろん、普段は意識の中に上がってくることはありません。

決めごとは書き換えられる

更に時は経って、この決めごとを再び感じる出来事がありました。

30代半ばで、ドイツに駐在していたある秋のこと。

当時、ドイツでもハロウィンの習慣が流行り始めていて、私が車にガソリンを給油しているときに、仮装をした10歳くらいの男の子が近づいてきました。

そして、おもちゃの剣を手にして「trick,or treat」と弱々しい声で右手を差し出したのです。

私は、思わず見ないふりをして、手であっち行けと追い払うしぐさをしました。

これは、私の決めごとが生み出す行動パターンそのものでした。

すると、その子は一瞬とても悲しそうな目をしたのです。

 

家に帰った後も、その表情が目に焼き付いて、頭から離れませんでした。

 

「きっとあの子は心が傷ついているに違いない。」

「東洋人のことを優しさのない人種だと偏見を持つかもしれない。」

 

初めは、自分自身を責めました。

子供にあげるくらいの小銭は持っていたのに、なぜあげられなかったのかと自問自答を続けていた時に、はっと気づいたのです。

 

子どものころに母に言われた

「近寄ってはダメ」

という言葉が、この時、ありありとよみがえってきたのです。

 

このときに、初めて母がなぜ私に近寄ってはダメと言ったのかを考えました。

 

身なりが汚いことから、ダニやシラミが飛び移ると思ったのだろうか。

それとも、軍服を着ていたから身の危険を感じたのだろうか。

 

いくら考えても、答えは見つかりませんでした。

それで、後々になって、ある時、母親にそのことを直接聞いてみたことがあります。

すると、返ってきた答えは・・・。

 

「そんなの、知らないよ。」

 

えっ?

 

正直、拍子抜けしました。

自分の人生に大きくかかわっていたことが、そんなに軽いものだったことに驚いたのです。

 

私は、自問自答を繰り返して、自分で答えを出しました。

そこまでこだわり続ける必要があるのだろうか。

本当に人に小銭をあげることが意味のないことなのだろうか。

 

原体験の時のシーンと言葉。そして、自分の行動が妨げられた時の感情。その後、自分で作り上げていった思考。

それらが、見事につながっていったのです。

私が、自らの思考癖と生み出される行動パターンに初めて気づいたのがこの時でした。

自分の心に在ったものを実現する喜び

そして、その20年後、私はカンボジアにやって来ました。

ご存じの通り、虐殺や内戦が続き、極度に貧しい社会で暮らす国民がいます。

 

決めごとを捨てた自分。

心のブロックを解放した自分。

 

バスを待っていると、老婆がしげしげと私を見つめながら両手を顔の前に合わせます。私は、ポケットにいつも500リエル札(約12円)を数枚入れておくので、それを迷いなく渡します。
店で食事をしていると、物売りの少年がやってきて、手を合わせて私の目を見つめます。そしたら、何か一つ買ってあげます。
有名なパゴダ(寺院)には、物乞いをする人々が大勢います。一人の子どもにお金をあげると「気前のいいおじさんがいる。」とその子から情報を聞いたのか、後から後からわんさかとやってきて私の前に列を作ります。そんな時でも、小銭を持っているだけあげてしまいます。
お店の駐車場で、駐車番をしてくれている係りの人にお礼を平気で渡せます。
レストランで、チップを払うことにもそれほど抵抗はありません。

もちろん、それがいいことだと自慢するつもりはありません。

そんなことで世の中が変わるとも思っていないし、支援にもならないことだと思っています。

でも、自分の行いで、

一人の人間に小さな喜びが生まれる。

その人の一日がそれで幸せになる。

 

自分ができることはしてあげたいというのが今の素直な気持ちです。

幼いあの時にできなかったことを今実現しようとしているかのように・・・。

 

「近寄ってはダメよ。」

 

母親が子どもを守るために言ったさりげない一言。

しかし、子どもはそれを忠実に守ろうとしたのです。

そして、自分で意味づけをしながら独自の観念を作り上げていったのでした。

 

現在、このカンボジアに滞在している自分。

教師という世界を飛び出し、教育支援活動というもっと大きなプロジェクトを通して、人々の暮らしを豊かにするための活動に取り組んでいます。

今の自分の姿を見るにつけ、母の言葉から自ら作り上げた心のブロックが完全に書き換わっていることを実感するのです。

コメント

  1. また、心と向き合いながら新しい発見があったときに追記していきます。