教育現場にある多大なストレス

学校の中には、教育という名のもとに特殊な人間関係が渦巻いています。

教師は、生徒・保護者・主任や上司の中で板挟み。

生徒は、親と先生の間で二枚顔。

保護者は、自分の思いを先生に伝えにくい。 

人は、それぞれの立場で思考や感情を持ち、誰もがそれに基づいて行動しています。

そうしたことも、心の働きを学べば、正しく理解できるようになり、周りを受け入れることができるようになります。

でも、現状では、頑張っているのに、なかなか周りに理解してもらえない。

一生懸命やればやるほど、周りとの溝が深まっていく感じがする。

こうした中で、ストレスをため込み、自分自身の心がいっぱいいっぱいになってしまう方や本来の自分を見失ってしまう方が必ずいます。

教育の現場は、それほど適応が難しい職場です。

決して孤立しないこと

私が教師時代に、隣のクラスの年配の先生の一言で救われたことがあります。

「苦しい時こそ、一人じゃないと思って、何でも相談してね。」

それは、どんな言葉よりも力強かったものです。

カウンセリングも同じです。

あなたを決して一人にしません。

カウンセラーは、あなたに寄り添い、まずはどんな感情も受け止めます。

あなたがそう感じる背景が必ずあります。

そこから、悩みを生み出している原因にアプローチし、決めごとに気づき、プラス思考を生み出しながら、あなたの新しいセルフイメージにつなげていきます。

まずは、勇気を持って解決に向けて第一歩を踏み出しましょう。

ご希望により、長年の教師経験を基にした確かな指導をコーチングもいたします。

あなたは、どんな周りをも味方につけ、指導を浸透させていくことができます。

その結果、人生において最も価値の高い信頼感を得ることができるのです。

学級崩壊の本質

よく、学級崩壊は教師の指導力不足が原因と決めつけられます。

でも、本当に教師の指導力だけの問題で片づけてしまってよいのでしょうか。

あなたは、必要な技量と知識を持っている教師として採用を受けています。

子供に対する熱意も教育への責任感もあるはずです。

それなのに、学級がうまくまとまらない原因は、どこにあるのでしょうか。

わたしは、真の原因は人の心にあると考えています。

例えば、こんな例がよくあります。

『ある生徒とそりが合わない。指導がやりにくいと感じるようになる。そのうちに、生徒の心が離れて、今度は反発するようになる。それに対して、教師が真っ向から力任せに指導をしていった場合、生徒はその不満を親や周りの友達にぶつけるようになる。そのうちに、周りの子がそれに同調し始める。そして、教師の指示が学級に全く通らない状態になっていきます。』

大変にやりにくいですよね。

そのうちに、学校に行くことが辛くなり、子供の前に立てない状態になったりもします。

そりが合わない生徒は、どこにでもいます。

その生徒が周囲に悪い影響力を及ぼすと、教師一人の手に負える問題ではなくなってしまいます。

こういうことは、現場ではよくあるのです。

以前の同僚で、学級での指導がうまく機能しなくなった先生がいました。

その人は、通勤途中に踏切を渡ろうとすると心臓がバクバクし始めたと辛い胸の内を私に打ち明けてくれました。

辛かったときの経験

子どもの心が完全に離れる

当時は学級崩壊という言葉は存在していませんでしたが、とても苦しかった思い出があります。

初めは、20代に小学校高学年の学級を受け持った時のことです。

高き理想に燃え、より上を目指そうと学級への指導にも力が入りました。

ところが、年度の後半、子どもたちの中で温度差が生まれ、指導が行き届かなくなったことを感じました。

やればやるほど、心は離れていく。

子どもの心が離れるのと同様に、保護者の反発も肌で感じました。

今にして思えば、誰かに相談ができればよかったと思うのですが、当時はどの先生方も忙しく、また他の先生に負けたくないというライバル意識があって、心をうまく開けませんでした。

周りの先生と衝突する

もう一つは、30代に持ったクラスの中に問題傾向のある児童がいた時のことです。

この生徒は、授業中に離席する。

テストは、やりたくないといって引きちぎる。

友達に手を出してけんかになって暴れて、しまいには物を壊す。

止めようとすると教師に向かって、タックルしてくる。

さらに悪いことに、その生徒に手を焼いている間に他の生徒がしだいに白けていったことです。

誰か相談できる人がいればよかったのですが、この時には考え方の違いから学年内の先生方とうまくやって行けませんでした。

学年末の終わりが来るまで苦しい状態で過ごしたことを憶えています。

決して一人にならないこと

今にして思えば、どちらも、私自身にカウンセリングが必要だった時であったと思います。

きっと、心が楽になり、自分の心のブロックに気づき、違った対処ができたと思っています。

あなたが、今も苦しい思いから抜け出せないのであれば、まずは、自分の感情を人にじっくり聞いてもらうことです。

そして、カウンセラーと共に自分の心の中をじっくりと見つめていくことです。

そこにある、本当のあなたの感情をたっぷり感じていきましょう。

その上で、あなたのやり方でクラスをよくしていけばいいのです。

指導力不足の意味

若い先生の指導力とは

私は、若い頃、指導という言葉に対して、教師が生徒を自分サイドにぐいぐいと引っ張るようなイメージを持っていました。

まさに、教師が上で生徒が下だというようなイメージです。

でも、指導の本来の意味は「ある目的・方向に向かって、教え導くこと」なのです。

教育に限定すれば、「対話によって相手の自己実現や目標達成を支援すること」です。

それは、 コーチングの意味する「相手の話をよく聴き(傾聴)、感じたことを伝えて承認し、質問することで、自発的な行動を促すとするコミュニケーション技法である。」とよく似ています。

私は、このコーチング理論を、空手道の指導者講習を通して学びました。

スポーツの世界でも、この概念が用いられているのです。

若い先生ならば、指導経験は浅くても、子どもの年齢に近いという魅力があります。

それだけで、生徒は先生の周りに寄ってきます。

これは、まさに若さという最大限の指導に生かせる力です。

お釈迦様の手

下のお釈迦様の手をお読みください。指導に対するイメージが変わります。

お釈迦様が天上から人間の世界を見ていました。ふとみると、男の荷車が、ぬかるみにはまって動かなくなっています。周りには、誰もいません。男は、自分でやるしかないと思い、渾身の力を込めて荷車を引きました。そのとき、お釈迦様は見えない手でポンと押して助けてあげました。すると、荷車はぐわっとぬかるみを抜け、男はふうっと一息ついて、また自分一人で荷車を引いていきました。

お釈迦様は「私が押したのですよ」とは言いません。なぜなら、男が自分の力で成し遂げたという達成感を持てませんし、困ったときにまた助けてもらえると思うといけないからです。

指導も同じです。

先生が教えたから子どもは伸びたと思わせるのではなく、見えない手で子どもを支え、自分の力で成長したと思わせるのが本当の指導だと思うのです。

上の荷車の男のように、子どもは感謝の気持ちをもちません。

自分でできたと思っているからです。

でも、それでいいのです。

これは、普段、皆さんが子どもたちの見えないところでやっていると思います。 

カウンセリングも同様

実は、カウンセリングもこのような考え方に基づいて行われます。

教師にもカウンセラーにも共通することは、共に「人としての可能性を信じること」だと思っています。

カウンセリングでは、今より良くなりたいという心、それを支えていくプラスエネルギーはクライエント様すべてが持っているものだと信じて、お話をお伺いしています。

皆さんの心の中にある「お釈迦様の手」を見つけてみてください。

いじめが起こす心の闇

「いじめ防止対策推進法」が、平成25年9月28日に施行されました。

これは、国としてのいじめ抑制に対する強い姿勢の表れであり、学校・家庭・当事者である児童生徒への強い警鐘として評価できます。

「いじめ」は、決して軽視できない非常に大きな問題です。

集団の中でいじめを受けることで、人は心(場合によっては体)が傷つけられ、一生それを背負って生きていくことになるからです。

身近にあったいじめの被害者の例です。

彼女は、小学生のころ、やや太めの体型を周りから陰口を言われるようになり、心が傷つき、次第に周りに心を閉ざし、拒絶するようになりました。

成人してからも、人に対して疑り深い性格は変わることはなく、今でも職場で人間関係のトラブルを抱えています。

​彼女に陰口を言った子供たちは、彼女の将来に対して、少しも責任を感じていなないと思いますが、本人にとっては一生の問題になるのです。

彼女の心には、未だに「周りへの恨み」が存在しつづけているのでしょう。

もしも彼女に、人を信じ、過ちを許すことができたなら、違った人生を歩んでいたと思いますが、それは容易なことではないのです。

教師がまず戦う姿勢を見せること

​いじめを防止するために、私も体を張って集団に対しました。

「先生は。いじめを絶対に許しません。たとえ、陰でやろうとも必ず見つけます。」

と子どもたちによく言ったものです。

実は、いじめの本質は、「異質を認めない集団心理」にあります。

日本という国は、単一民族で同地域のほぼ同一生活レベルの人間が集まるために起こりやすい問題とも言われます。

だから、「みんな同じじゃない」「自分と人は違って当たり前」というものの見方を子供に教える必要があります。

それが、個性を尊重し、異質を認め、人を尊ぶ姿勢につながっていくことになります。

そのためには、道徳の授業を中心に、人権意識を高める指導に努めてください。

教師の「このクラスは、全員そろって初めてクラスといえるんだ。」「たとえ一人でもそろわなかったら、授業は始まらない。」という強い姿勢は、クラスのチームワーク意識を高めます。

いじめは未然に防ぐのが基本ですから、アンテナを高くして発見に努めましょう。

いじめの芽を見つけたら、できるだけ早いうちに被害を受けている子に寄り添って教師自身がカウンセリングを行ってあげてください。

「君は決して悪くないんだ」と。

それが、その子の傷を癒せる唯一の方法です。

教師が毅然といじめと戦い、被害者を徹底的に守れば、いじめの根は断たれていくのです。

被害者を守り、加害側にも成長のきっかけを与える指導方法も体験を元にコーチングいたします。

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